やがて書きあぐねし凡情

=今日も何もなかった=

人生はタイムマシンのように足早に過ぎる

私が小説を書くときに禁じ手としているのが、「タイムスリップ」や「時空の移動」です。これを用いていいのならなんだって書けると思えるからです。あり得ないことを前提にして書いた小説なんて、まったくリアリティがありません。

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しかし一方で、最初からそのあたりをネタ晴らししてくれていれば、物語を楽しむことができます。こちらも、そこは娯楽だと割り切れていますから。

というわけで、今回はネタ晴らしをすれば、タイムマシンもののショートショートです。これは、過去に遡ること20年前に、某紙に入選作として掲載されました。

しかし正直なところ、周囲の反応はいまいちだったという記憶があります。はたして皆様に受け入れてもらえるのかどうかは、私も自信がありませが、短い物語ですので、どうかお付き合いください。 

keynuu773.hatenablog.com

 完成同然

会社の決定事項を伝えるため、私はR博士の研究室を訪ねた。

私の勤める会社は、有望な研究に対して資金援助をし、その成果品に関する様々な権利を保有することで経営を成り立たせている。見込みのある研究には惜しみのない援助をするが、反面、成果の上がらないものは容赦なく切り捨てていく。

最近、ある調査機関を通じ、R博士の研究が一向に捗っていないとの情報を得た。そればかりか博士自身の気質に詐欺師的素因があることも判明した。事前の調査が甘かったのだが、いまさらそんなことを悔いてもしかたない。過去よりも未来を重視するのが我が社の方針だ。これ以上傷口を広げないためにR博士への資金援助は打ち切ることを決定した。

私は研究室のドアを叩く前に、予め考えてきたシナリオをシミュレーションした。つまり、博士のつまらない言い訳を聞く前に、一方的に〈打ち切り宣告〉をするのだ。開口一番、先制攻撃をしないことには、博士の巧みな話術に惑わされて機を失ってしまう。

 

「まあ、そういうことならしょうがないね」 

我が社の決定がゆるぎないことを悟ったR博士は、まるで笑いを必死で我慢するかのようなひきつった表情で言った。

「お気持ちは十分に察します」

「そうか……。それにしても残念だ。君の会社には、資金面で随分世話になったからね、私としては、この発明の権利を百パーセント譲ってもいいとさえ思っていたんだ。だが、それも適わないのなら、せめて、私にそういう誠意があったことくらいは、記憶の片隅にとどめておいてくれないか。さすがに良心が咎めるからね」

「R博士、いまさら何を言ってもだめですよ。これは、会社の最終決定事項なんですから」

「まったく嘆かわしいことだ。タイムマシンは完成したも同然だというのに、まだそれが分からんのか」

「えっ!……や、やだなあ、そんな真剣な顔で嘘をつくのはやめてくださいよ」

「私の発明したこのタイムマシンは、我々が通常感じる時間の流れと同じ早さで過去に溯る。君は何も感じないか。我々は今、過去に移動しているんだよ」

「ということは、つまり……」

「君には説明していなかったが、実は、この研究室そのものがタイムマシンなのだ」

「信じられませんね」

「そんな……。お願いだ、どうか信じてくれ。これはもうほとんど完成しているんだ。なんなら神に誓ってもいい。あとはエネルギーをいかに安定供給するかという問題だけなんだ。だが、それは取るに足りない些細な問題に過ぎないじゃないか。ここまできて、どうしてそんなあと僅かのことが待てないんだ。現に今も正常に作動しているというのに」

「我が社としては、なまじっかな期待でこのまま資金援助を続けるより、ここで打ち切った方が経営上のメリットがあると考えています」

「しかし、スポンサー側が一方的に援助を打ち切った場合、これまでの投資分に返済の義務が生じないばかりか、完成品についても、君の会社には一切の権利がない。たしか、そういう契約のはずだ。タイムマシンが完成すれば、君の会社がみすみす失う利益は膨大な金額になるが、それでもいいのかね」

「もはや博士の研究には、まったく完成の見込みがないものと判断をしたのです」

「つまり、それは……」

「本日をもって研究費の援助を打ち切ることを、ここに宣告いたします」

 

あやうくR博士の話術に惑わされるところだった。「過去に移動している」と言われた時には、本当にそんな気さえしてきたのだから、まったく油断のならない人物だ。

だが、さすがのR博士も援助打ち切りの宣告は相当ショックだったようだ。最後にあんなことを口走ったのは、頭の中が真っ白になったからに違いない。

私は研究室を出る直前に聞いたその言葉が、今も耳から離れない。

「やあ君か。ところで、今日の用件はなんだね」 

平場の月

平場の月

 

 おわりに

つまりタイムマシーンは本当に完成していて、実際の時系列の会話は下から上に流れているという話なのです。

今思い返せば、私の周囲の人々は、最後の一行を見て「ああ、そういうことね」と納得して、真の意図であるストーリを反対から読み返すということまでやってもらえなかったように思います。逆に、そこに気が付いてくれた選者の藤井青銅氏には大いに感謝しました。

今私の周囲には、定年退職を迎えて郷里にUターンする人がたくさんいます。その人達の心境は、まさにタイムマシーンのように、つい昨日故郷を出たばかりなのに、一瞬でまた故郷に戻ってきた心境なのでしょうね。そして鏡を見て「ああ浦島太郎だった」と気がつくのかもしれません。