やがて書きあぐねし凡情

=今日も何もなかった=

爺は滅びて眠れる森で美女は眠る

ついに「暴走老人」に襲撃されてしまいました。

暴走老人現る

珍しく外出した私は、夕刻ラッシュ時のJRに乗って帰路につきました。かろうじて空いていた四人掛 けの席のひとつに座り、ヘッドホンで音楽を聴きながらタブレットを触っていると、そばに立った細身の高齢男性(以下、暴走老人)が私を咎めているようなしぐさをしています。

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すぐに、ここが優先席だったことに気づき、タブレットがペースメーカーに悪影響があるのを案じているのだろうと判断しました。そこで私は、ヘッドホンを耳から外して、「安心してください、通信機能はありませんよ」と明るく説明をしました。すると暴走老人は、優先席のサインを指さし「ここは、この絵に描かれている者が座れる席ではないのか」と予想外の主張を展開したのです。

俺もいい齢なのだが

しかし、私とてアラ還とされる齢、世間には余命十年(戯言)と公言している身です。毛髪こそ後退しておらず、白髪もほぼありませんが、容顔は歳相応に見えるはずです。その証左に、私に満面の笑顔を向けてくれるのは、言われるがままに投資信託につぎ込まされた西田尚美似の銀行員だけだし、私の健康を 気遣ってくれるのは、高額の保険料を支払っている深津絵里似の生保レディだけです。こんな侘しい思いをしている身の上で、何が悲しくてわざわざ暴走老 人に席を譲らなくてはいけないのでしょうか。

そもそも優先席というのは、指定席のような拘束力はなく、この国特有の善意を前提とした制度です。それを当然 の権利のように主張する奴は、理不尽な要求をする輩同然です。しかも、よく見れば暴走老人は、通勤鞄を手にした明らかにサラリーマンのいでたちではありま せんか。とするならば、年齢はマックスで65歳というところでしょう。もう少し若いかもしれません。暴走老人は、年齢が一歳、いや一日でも上の者に座る権 利があると言いたいのでしょうか。だとすると、子ども達が興じるカードゲームように、互いの身分証明書を見せ合いながら優劣を決めるシステムを確立しなけ ればいけません。

あえて反論を避けたのだが

反論しようかと思いましたが、同じ土俵に立ちたくなかったので、無視することにして、再びヘッドホンで音楽を聴くことにしまし た。こっちは、年季の入った机上生活者ですから、ただちに自分の世界に入り込むのはお手の物です。もう心は、耳元でささやきかけるアリアナ・グランデに預 けています。ところが、五分程経ち、ほぼ暴走老人の存在が意識からを薄らいだ頃、私の前に座っていた70歳前後の長山藍子池内淳子に似た上品な二人の女 性が、暴走老人に「どうぞお掛けください」と席を譲ろうとするではありませんか。いたたまれなくなったのでしょう。そちらに被害が及んだかと思うとさすがの私も気が咎めました。しかし、暴走老人は、本当に「一歳でも年上が座るべき説」の持主だったのか、あるいは明らかに自分より年上の女性から席を譲られる 事態に戸惑ったのか、「いやいや結構です」と慌てて他の席の方に立ち去っていきました。

真横で眠る謎の美女

やはり、この場合私が大人になって譲るべきだったのかと少 し反省をしつつ、ふと窓際を見ると私の隣には、二十歳前後と思われる桐谷美玲似の女性が平然と寝ているではありませんか。もしかしたら、暴走老人は暗にこ の女性が立ち退くことを期待して、あえて私に挑んできたのかもしれません。だとしたら、あのまま論争をしていたら、確実に暴走老人の片棒を担ぐことになっ ていたでしょう。老人の狡猾な謀略に巻き込まれ、危うく「暴走老人とゆかいな仲間たち」の一員になってしまうところでした。

やはり、外の世界は、様々な獣たちがうごめく広大な森林さながらです。うかうか油断もできません。かといって、小心な私には、そんな場所で寝たふりを決め込むなんてとてもできないし、このまましばらく引きこもって机上生活を続けるしかなさそうです。