やがて書きあぐねし凡情

=今日も何もなかった=

1から2は安直だが、ゼロから1は苦悩する!

実はブログに取り組むのは、これが3度目になるのですが、それ以前の2回はそれほど長く続きませんでした。理由ははっきりしています。

1度目の失敗は筆者を柴犬にして、擬人化して書いたからです。これでは扱うネタは限られるので、早々に行き詰まってしまいました。 

2度目失敗は、周囲の人に見てもらおうと、知り合いにブログを始めることを告知したためです。知っている人が読んでいるのが前提のため、やはりこれも扱うネタが限定されて、こちらも次第に行き詰まってしまいました。 

したがって今回は、知り合いは誰もこのブログの存在を知りません。この自由度の高さはなかなか快適なものです。

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盗作は作家の命取りになる

さて、ブログにしても小説にしても、作者が最も気をつけたいことは、他人の作品をパクる、つまり盗作をすることです。 

WEBライターの世界では、コピーチェッカーなるソフトを用いて、常に原稿がチェックされます。ただ、これも行き過ぎには要注意です。驚いたのは、次のような文章が警告されたことです。 

「叔母が亡くなった際の忌引き休暇は1日です」

 この文章が△△のサイトに載っているから直せというものです。もちろん、そのサイトの存在は知りませんでしたが、忌引き休暇を扱った記事であれば、普通に使う文章です。

今となっては分かりますが、こうしたチェックをする人もけっして専門的知識があるわけではなく、依頼された仕事としてマニュアルどおりに対応しているだけなのです。

しかしこんな些細なことで議論をして日数を費やすわけにはいきません。どう直したか忘れましたが、適当に直しをいれて、ここの会社とは取引を止めました。 

こうしたことは金額の問題ではなく矜持の問題です。我々ライター、作家を自称している人間は、盗作呼ばわりされるのが何よりの屈辱なのです。 

keynuu773.hatenablog.com

現実には後を絶たない盗作問題

しかし現実の世界では、他人の作品を盗用して、自作として売り出そうとする人がいます。記憶に新しいところでは、北条裕子のデビュー作『美しい顔』でしょう。東日本大震災の被災地を舞台に小説として書かれた同作品は昨年春に群像新人文学賞講談社の文芸誌『群像』主催)を受賞して、後に芥川賞の候補作にもなりました。 

ところが候補作になった時点で、石井光太の『遺体』(新潮文庫)など同震災を題材とした複数のノンフィクション作品との内容的な類似箇所を指摘されたことから騒動に発展しました。 

北条と講談社側はそうした作品の編著者や版元に対して謝罪し「協議と交渉」を重ねたうえでようやく同作の改稿版の単行本化にこぎつけたのです。

しかし類似箇所のある作品として名前の挙がった『3・Ⅱ働英の記録』(新曜社)の編者・金菱清さんに「剽窃』の疑われている作品の改訂への関与など断じてありえません」とツイッター上で告発されて、再び話題をよんでいるのです。

これはまさに正論です。群像新人文学賞を受賞したのも、盗作部分がまったく影響しなかったとは誰もいえないからです。むしろタイトル「美しい顔」との関連性からいけば、遺体を見た時の表現が審査に大きな影響を及ぼしたであろうことは容易に想像できます。

剽窃【ひょうせつ】

他人の詩歌・文章などの文句または説をぬすみ取って、自分のものとして発表すること。

広辞苑 第七版」より

 過去の作品を検証してみると

ところで自ら中原中也の「頑是ない歌」をパクったと標榜している武田鉄矢の「思えば遠くにきたもんだ」は、本当のところはどうなのでしょうか。実際に「頑是ない歌」をみていきましょう。ニュアンスが重複していると思われているところを着色してみます。

「頑是ない歌」

思えば遠く来たもんだ

十二の冬のあの夕べ

港の空に鳴り響いた

汽笛の湯気は今いずこ

 

雲の間に月はいて

それな汽笛を耳にすると

竦然として身をすくめ

月はその時空にいた

 

それから何年経ったことか

汽笛の湯気を茫然と

眼で追いかなしくなっていた

あの頃の俺はいまいずこ

 

今では女房子供持ち

思えば遠く来たもんだ

此の先まだまだ何時までか

生きてゆくのであろうけど

 

生きてゆくのであろうけど

遠く経て来た日や夜の

あんまりこんなにこいしゅては

なんだか自信が持てないよ

 

さりとて生きてゆく限り

結局我ン張る僕の性質

と思えばなんだか我ながら

いたわしいよなものですよ

 

考えてみればそれはまあ

結局我ン張るのだとして

昔恋しい時もあり そして

どうにかやってはゆくのでしょう

 

考えてみれば簡単だ

畢竟意志の問題だ

なんとかやるより仕方もない

やりさえすればよいのだと

 

思うけれどもそれもそれ

十二の冬のあの夕べ

港の空に鳴り響いた

汽笛の湯気は今いずこ

中也へのオマージュだ 

この歌の肝ともいえる「おもえば遠くへきたもんだ」という言葉が重複していますが、まったく問題のないレベルだといえます。これは盗作というよりも、中也を尊敬する武田のオマージュだというべきでしょう。

 

 著作権法上はどうなのか

それでは、もしこれが盗作だと関係者が騒いだ場合、法的にはどうなるでしょうか。中原中也は1937年10月22日に亡くなっています。現在著作権の保護期間は作者の死後70年間とされていますが、2018年までは50年間でした。 

つまり中也の著作権保護期間は1938年1月1日から起算して1977年12月31日までが著作権保護期間でした。一方「思えば遠くへきたもんだ」の方は、1978年9月21日に海援隊12枚目のシングルとして発売されています。 

なんとかぎりぎりセーフです。うがった見方をすれば、法的にあれこれ言われるのを避けようという配慮がはたらいたのかもしれません。 

それでも「思えば遠くへきたもんだ」は武田鉄矢の独自の世界観が創造した不滅の名作だといっても、けして言い過ぎではないでしょう。 

keynuu773.hatenablog.com

 おわりに

ブログを始めて約1カ月になりますが、いつの間にか読者が200人を突破していました。ありがたいことです。なんとかあと少しくらいは続けていきたいと思います。