やがて書きあぐねし凡情

=今日も何もなかった=

この行列は順番を無視してもクレームはありません!

もうこの歳になると行列に期待することはやめました。いくら並んでも喪失する時間よりも大きな利益が得られるとは思えないからです。余命10年だと仮定すると、2時間も行列に並ぶことは、もはや浪費でしかありません。

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 かつて2時間の行列は平気だった

行列した記憶を思い返すと、1970年の大阪万博に行き着きます。米国館で2時間並んで月の石を一瞬だけ見ました。あの頃はまだ余命がたっぷりとありましたから、2時間の浪費なんて端数処理みたいなものでしたね。 

さて今回は、その行列をテーマにしたショートショートを掲載します。今から20年前に書いたもので、これは某雑誌に掲載されました。残念ながら現在その雑誌を発行していた会社はありません。 

keynuu773.hatenablog.com

「行 列」     

 整然と並んだ行列の中にYはいた。

  Yは自分にどれだけの価値があるのか判断を仰ぎたかった。ここに並んでいれば、やがてその答が分かる筈だ。

  だが他の行列は順調に流れ始めたというのに、この列だけがいっこうに動く気配を見せない。どうやら担当している斉藤という男の要領が悪いようだ。

  それでも行列は徐々に動き始め、ようやくYの順番が回ってきた。ところが斉藤はYを一瞥しただけで、すぐに後ろの連中に興味を示している。

「こいつらを先にまとめた方が、後が楽だな」

  と不埒なことをつぶやく。

   おい、俺を無視するな。

  そう叫びたかったが、正体を明かすことを厳に禁じられているYは、静かに相手の目に訴えた。

 Yの怒りを感じ取ったのか、斉藤は再び視線を元に戻した。額に汗を滲ませ、動揺を隠せない様子だ。

     行列は前から順番に処理していくのが常識だろう。

  Yは、ことさら自分を誇示し、執拗に斉藤の目に訴えた。

「順番を変えると頭がこんがらかるな。やっぱり前から順番に片付けていくか」

 斉藤の優柔不断な対応にYはあきれてしまったが、行列が流れるのなら文句はない。

 Yが手順を踏んで最下層まで降りていくと、ようやく念願の結果が表示された。自分は、この瞬間のために存在したようなものだ。あとは他人が自分をどう評価しようが知ったことではない。どこにでも好き勝手なことを言う奴はいるものだ。

 間近で聞こえたあからさまな非難にもYは悠然としていた。

「おい、斉藤、何度教えたら分かるんだ。この式は、足し算を後回しにして、後ろの掛け算を先に計算するんだ。そうしないと未知数Yの正しい答は出せないぞ。もう一度やり直しだ」(了)

 

ある男

ある男

 

 まとめ

いかがでしたでしょうか。20年前とはいえあまり古さを感じなかったのではないでしょうか。数式は不変ですから、時代の影響をうけにくいのでしょう。 

同時期に書いた他の作品を読み返しましたが、電話やFAXが登場する作品は、かなり古びた感じになります。西暦2000年前後は、まだ携帯電話を持っている人が少なく、メールの存在自体も知られていませんでしたから、当たり前のように固定電話で話すことが前提で書いていました。 

それだけ、この20年で生活スタイルが大きく変わったということですね。