やがて書きあぐねし凡情

=今日も何もなかった=

「チョイ良いおやじ」は、なぜモテない!良は悪より劣るのか?

昔の同僚から結婚の報告と挙式への出席打診のメールが届きました。昔の縁なのにわざわざ招待いただけるのは、当時私が少しだけ善人の「チョイ良おやじ」だったからかなと思います。

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名前の一部に「良」があれば良い人

もっとも私の良心の源は、武田鉄矢が「贈る言葉」で歌ったように「臆病者の言い訳」にすぎません。ただ私の名前の一部に「良」という字を使用していることもあり、自称「チョイ良おやじ」を気取っているのです。 

そういえば、今では信じられませんが、昔の学習月刊誌には文通欄があって、名前が住所付きで掲載されていました。 

私も小学生のときに掲載された経験がありますが、そのとき届いた手紙は100通くらいだったと記憶しています。女子の比率が高かったのですが、その中で多くの女子が書いていた文面が「良い人そうだから」というものでした。名前と住所しかデータがありませんから、名前の一部に「良」という字があるだけで良い人に思えたのでしょう。 

なぜ「チョイ悪」の方がモテるのか

それにしても納得できないのは「チョイ悪」はもてる男の代名詞なのに、「チョイ良」は対極的に、まるでもてないのはどういうことでしょうか。悪が良を凌駕する図式が成り立つなんて、世の中の道徳観はどうなっているのかと言いたいところです。 

理由は明白です。原始時代を思い浮かべると分かりますが、戦いに強いのは悪人です。つまり女性は身を守る術として悪人を選ぶようにDNAにプログラムされているのです。しかも悪の度合いが、少しだけ悪い「チョイ悪」ですから、まず自分の命を狙われる心配はありません。 

もうひとつの理由は、「チョイ良い」というのは、少しだけいい人なので、実は残りの80%くらいは結構陰険だったり、邪悪だったりするからです。 

ほんとうに良い人も存在する

しかし中には、「チョイ良」ではなくて、本当に善良な人も存在します。「智恵子抄」の詩人、高村光太郎がその一人です。 

智恵子が亡くなった後もひとりで暮らしていた光太郎のアトリエが、昭和20年4月に空襲で焼失します。そのため光太郎は同年10月に岩手県の山奥にある鉱山の飯場を改造した山小屋で一人暮らしを始めます。 

その岩手県の山奥まで東京から、わざわざ一人で訪ねてきたのが、以前このブログでも取り上げた「美しすぎる歌人」中原綾子です。 

keynuu773.hatenablog.com

古くから親交のある二人

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 綾子と光太郎の親交は古く、智恵子が存命だった昭和10年にさかのぼります。めったに弱音を吐かない光太郎ですが、智恵子が精神の病で入退院を繰り返す生活にさすがに疲れていたのか、綾子には書簡で自分の弱さを正直に吐露しています。 

それに対して綾子は、常に心のこもった返事をしました。光太郎は綾子への書簡の中で「あなたの同情は、私に絶大の力を添えてくれます」と綴っているのですから、綾子がいかに熱のこもった激励をしたかが理解できるでしょう。

この当時綾子は中原斗一と結婚していますが、昭和11年に離婚しています。その後昭和12年に小野俊一と再婚したものの、昭和21年に2度目の離婚をしています。 

つまり綾子が光太郎を岩手の山小屋を訪ねた、昭和26年9月当時は、二人とも独身だったということです。とはいえ綾子は、あちこちで男性との噂が絶えず、吉井勇や山口大學らとの関係が取りざたされていました。現在なら絶好の写真週刊誌のネタ元だったでしょう。 

ところで、このとき綾子が光太郎を突然訪ねた理由はなんだったでしょう。自らが主宰する文芸誌「スバル」創刊号の題字を依頼しに行ったという大義名分を携えていますが、これが口実であることは明らかです。しかも当然日帰りなどできる距離ではありませんから、綾子は泊まるための心の準備はできていたのです。

ところが光太郎は、あろうことか村長に頼み込んで綾子を村長宅に泊まらせるよう手はずを整えます。 

綾子はこのときの心情を次のように書き綴っています。 

「先生の小さい小屋に泊めてくださるとばかり思っていたのに、夜通し先生とお話をしたかったのに、先生は提灯を下げて私を村長さんの家につれていきました」と実に未練たっぷりの文面を残しているのです。

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しかも 光太郎が泊めなかったのは初めてではない

実は光太郎が綾子を泊めなかったのは、この時が初めてではありません。小野俊一との結婚時代、何度も夫婦喧嘩をした綾子は、そのつど家を飛び出し光太郎のアトリエを訪ねています。光太郎はそのたびに説得をして、ハイヤーで綾子を自宅に戻しているのです。 

小野俊一との結婚時代といえば、年齢はアラフォー、私は井川遥を連想しました。そして岩手を訪ねたときはアラフィフ、私は石田ゆり子を連想しました。

その連想を念頭に、あの美貌の女性の宿泊したいという意志を何度も拒んだ光太郎に思いを馳せると、その頑ななまでのストイックさには、ただ頭が下がるばかりです。 

まとめ~「チョイ良いおやじ」ならどうするか

さて「チョイ良いおやじ」なら、このときどうしたでしょうか。

断言できますが、「チョイ良いおやじ」は100%の確率で綾子を泊めています。この場合、自分が責められるリスクがゼロだからです。もちろん「チョイ悪おやじ」はリスクの有無に関わらず泊めます。 

しかし高村光太郎は、真の善人であったために、中原綾子を泊めなかったなのでしょう。つまり「チョイ良いおやじ」は永遠に、善人にはなれないということなのです。だからモテないのか。