やがて書きあぐねし凡情

=今日も何もなかった=

掌小説『マイクルの野望』を完結まで掲載しました

今回は約25年前、とある研究誌で発表した短い小説をご紹介します。この頃書いた小説は、時代の変化に追いつけず現在では紹介できないものが多いのですが、これは何とか時代を超えても耐えられるのではないかと判断しました。どうぞお楽しみください。

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『マイクルの野望』(Micheal in Alabama)

いつもの習慣に従い、コーヒーを2口啜った後、朝刊に目を通したハンバーガーチェーン店ワック社の社長マイクル・ハミルトンは、1960年の大統領選で共和党が敗北した時以上の驚愕を覚えた。 

  パリ市当局『ノン』。マクドナルドの出店はパリの景観を台無しにする。

 記事によると、マクドナルドはエッフェル塔近くのセーヌ川に船上レストランを計画したが、パリの伝統的な景観が台無しになるという市民の強い反対の声により、その計画を断念したというのだ。 

フランスの陸海運担当大臣は「エッフェル塔の下にマクドナルドなんて、一言で言って悪趣味だ」とまで言い切っている。 

「ヒストリー・バッシングだ」

マイクルはいまいましげに吐き捨てた。

 彼の言葉を借りれば、アメリカの唯一の弱点は国の歴史が浅いことだ。そのためにアメリカ文化全体が不当に低い評価を受けてしまう。伝統的景観というが、エッフェル塔はわずか130年前の建造物ではないか。歴史の古い国にあるというだけで、そこに存在する全てのものを伝統のフィルターを通して見るのは、極めて非科学的な判断と言わざるを得ない。 

経営規模こそ各段に劣るが、ワック社はマクドナルド社と同じ商品を扱っている。マクドナルドに対する屈辱は、ワック社に対する屈辱だ。いやこの場合、大統領も口にするファストフードへの屈辱、いわばアメリカ国家そのものへの屈辱と言っていい。 

keynuu773.hatenablog.com

 マイクルのファストアクション

行動は迅速だった。誇り高き我らがマイクル・ハミルトンは、傷心の同業者に代わりアメリカ文化を世界中にオーソライズさせるべく計画を練り、会社に向かう車の中では、既にコンサルタントに対して必要な指示を与えていた。 

計画は、歴史的景観のある都市にワック社のハンバーガー店を建築するというものだった。 

3日後、コンサルタントは、依頼の条件に適合する場所として、日本と中国にある2つの都市を提示した。マイクルは、その資料を詳細に検討することなく、日本の都市の方をターゲットとして選択した。 

理由は二つある。ひとつは、いうまでもなく日本のマーケットの大きさだ。そしてもうひとつは、彼の忌まわしい思い出にあった。 

マイクルの苦い思い出

今から20年前、マイクルは、アラバマ州の経済人を代表して中国に視察旅行に出掛けた。各所の雄大な景観に深く心を打たれたが、とりわけ湖北省で目にした長江の眺めは絶品だった。形の良い古い灯籠が景色に溶け込んで、中国の神秘をみごとに醸し出していたのだ。 

その景色を写真に収めようとしたが、あいにくフィルムを切らしていた。翌朝改めてこの場所を撮影したい旨をガイドに告げ宿に戻った。ところが、その朝同じ場所に立ち撮影しようとしたところ何か違和感があった。すぐには気がつかなかったが、ファインダーを覗いてその理由が分かった。あの灯籠がなかったのだ。驚くマイクルに、ガイドは事も無げに答えた。 

「ああ、あれは撮影の邪魔になると思い既に処分しました」

「処分しただって。ま、まさか。どうみたって、あれは歴史的にかなり価値のあるものじゃないか」

「可、可、可……、あれは新しいものなので歴史的価値はまったくありません。なにしろ明(みん)の時代のものですから」 

明の時代……。明の時代が新しい……。だから、歴史的価値は全くない……。明は1644年まで続いた王朝だ。我がアメリカ合衆国独立宣言が1776年だから、さらにその100年以上も前の時代だ。明の時代が歴史的な価値がないというのなら、アメリカ合衆国の250年近い歴史は一体何だというのだ。 

マイクルはこの時以来、ヒストリック(historic)な事象にヒステリック(hysteric)な対応をする習性が身に付いてしまった。 

マイクル日本への出店を決断

コンサルタントの調査に基づき、マイクルは、キョートのサガノにワック社のハンバーガー店を建てる計画を進めた。写真で見る限り神秘的で落ち着きのある地域との印象を受ける。伝統的な日本スタイルの建物が並ぶまさに今回の目的に適した場所だ。コンサルタント経営者の知人がこの地域の一画に敷地を所有しており、しかも長期間にわたり全く手を入れないままの状態で放置しているらしい。

マイクルは、アメリカでも有数の都市計画の専門家、エリック・パーソンをエージェントに任命し、日本に調査派遣をした。今日あたり、調査の中間報告があるはずだ

  ご希望の場所には、建築ができません。

エリックが、国際電話でそう語った。

「何だって。それはどういうことだ」

  つまり、この場所は、歴史的風土特別保存地区に指定されており、さらには市街化調整区域でもあるので、原則として一切の建築が禁止されているのです。ここは現状をキープすることが義務付けられたゾーンです。 

歴史的(historic)風土……、マイクルが最も忌み嫌う種の言葉である。それでも可能な限り苛立ちを抑えて尋ねた。

「どんな手法を用いても無理なのかね」

  不可能です。担当者に直接確認しましたから間違いありません。 

コンサルタントの事前調査が甘かったのか。そんな筈はない。あのコンサルタントとは、先代から懇意にしているが、その手のミスは経験したことがない。おそらくこの男は自分の無能さを棚にあげているに違いない。 

ところで君は、その担当者に質問する前に、オジギをしたのかね

マイクルは、いつかガイドブックで読んだ、日本の基本的なマナースタイルについての指摘をした。

  オジギ?What?

案の上だ。日本は礼儀を重んじる国だ。オジギもしないような奴に適切な回答を与えるわけがない。おそらく彼は無礼なガイジンとして、軽くあしらわれたに違いない。マイクルは、その場でエリックの解任を通告した。 

コンビニ人間 (文春文庫)

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マイクル懐刀を登用

マイクルは、秘書のシンディ・サカタを日本に派遣することにした。彼女は非常に優秀なスタッフだ。本来の業務から外すことは、会社にとって大きな痛手である。できることなら、この手段は取りたくなかったが、これは、もはや一企業の問題ではない。国家的見地に立てば、やむを得ない選択だ。 

期待どおり、彼女は僅か十日間の出張で、考えられる最善の調査を尽くした。当初の予定地の近くに新しい候補敷地を探しだし、それに関係する法令及びその手法を調査した。さらには、エリックの調査は極めて適格であり、オジギとは無関係であったことも調べ上げた。(このためマイクルは、エリックに対して多額の違約金を支払う覚悟をしなければならなかった) 

「我々は、いくつかの解決すべき問題を持ち合わせています」

日本人の父親の影響か、シンディは時折奇妙な口語体を用いる。もちろんそれは彼女の能力に対する評価には全く影響はない。むしろ今回の調査目的を考えればプラスの要因ですらある。 

もっとも、今でこそ気にならなくなったが、当初マイクルは彼女の口語体に正直なところ戸惑っていた。

「これは、ペンですか?」

誰が見てもペン以外の何物でもない物体を手にして、以前彼女が尋ねたことがある。

「もちろん」と答えたが、何故か彼女は不満そうな表情を浮かべた。

「はい、それはペンです」と日本式に答えるのが、彼女に対する正しい礼儀であることを知ったのは、しばらく後のことである。 

「第一の問題は、ここの用途地域が、第一種低層住宅専用地域であることです。居住を目的としたゾーンなので、専用のハンバーガーショップは建てられません。あくまで住宅をメインの用途とした兼用の店舗でしか許されません。しかも店舗の規模は50平方メートルまでです」

「何だって、それじゃ厨房しかできないじゃないか」

「テイクアウト専用にするしかないと思います。もっとも、パラソル付きのテーブルを屋外に出すことは可能ですが」

「それじゃ採算が取れんよ。その規定には例外はないのかね」

「ありますが、その場合、行政は周辺住民を集めてパブリックヒヤリングを開きます。そこで大きな反対がなければ、許可の可能性も高くなるのですが」

「ヒヤリング!そりゃ駄目だ。そんなことをすればパリの二の舞いになるのは目に見えている。住民には変に刺激を与えない方がいい」

「私もまた、そう思います。me too

「よし、こうなれば採算は無視しよう。これは文化の問題だ。歴史的景観のある場所に我が社の定番スタイルの建物を建てることにこそ意義があるのだからな」

「ノー、 あなたは、あなたの望むスタイルの店を建てることができません」

「どういうことだ」

「なぜなら、そこは風致地区だからです」 

シンディは話が複雑になると、ますます日本式口語体が口をついて出るようだ。

「このゾーンでは日本様式の建築物を建てることが義務付けられています」

アメリカのファストフードは、世界のどこに行っても同じサービスを受けられることが最も重要なのだ。『伝統』的に統一された様式の建物に統一されたトレードマークの看板を掲げ、店員はマニュアルどおりに行動し、統一されたサービスを供給する。ミスター・ドーナツは、必ず交差点の角に店舗があるし、ケンタッキーは、カーネルの人形を店頭に立てる。そして我がワック社は、赤い尖塔屋根に『W』のトレードマークを掲げ、白い外壁にイエローの建具、これは世界中で統一された様式だ。これらは、いわば社のアイデンティティだ。これを変えることは絶対にできん」

マイクルのプライドはロゴだ

シンディは、軽くため息を吐き、静かに尋ねた。

「あなたは、コカコーラのロゴマークを知っていますか?」

「『これは、ペンですか?』と聞いたのかね」

あまりに幼稚な質問に、マイクルはむっとして答えた。大統領のファーストネームを知らない者はいても、コークのロゴマークを知らない者はこの国にはいない。 

「私は、一枚の写真を持っています」

シンディの差し出した写真を見て、マイクルは思わず天を仰いだ。コークは、アメリカを代表するスーパー企業だ。あのロゴマークを浮き立たせている赤色は、我がアメリカの希望であり、勇気であり、誇りである。

世界のどこにいってもあのロゴマークが燦然と輝いているはずだ。ところがその写真には、赤白反転したコークの看板が写っているではないか。怯えたような白色が背景色になっている。天下のコークでさえここまで追い込まれてしまうのか。これが本当の伝統パワーなのか。 

「オー・マイ・ゴッド!」

「これは、キョートで撮影しました」

マイクルの意気込みは、たちまち萎えてしまった。あのコークですらロゴマークを変更させられたのだ。アラバマ州を主なマーケットにしている自分の社などひとたまりもないに違いない。 

「シンディ、日本特有のあのキャラクター文字はなんと言ったかね」

「カンジです」

わが社を表すのに最も近い漢字はなんだ

「ワックですと、『枠』が最もニアリーです」

シンディは、「枠」と紙に大きく書いて、マイクルに渡した。

 マイクルは、いつか写真でみた日本の白い建物、ドゾウ(土蔵)に、この「枠」の文字を掲げたワック社キョート店の姿を想像した。アラバマ州の住民が日本観光に行き、もしこの変わり果てた我が社の店舗を目にしたら、いったい彼らはどう思うだろうか。

 「アラバマ州住民の日本観光の動向をリサーチしましょうか」

自分のボスの心情を察したシンディが尋ねたが、マイクルには、もう頷く気力さえ残っていなかった。

 

キョートのサガノにワック社のハンバーガーショップが建つという噂は、いまだに耳にしない。                                        (了) 

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 おわりに

昔、ドイツのミュンヘンにいったとき、あの馴染みのあるマクドナルドのハンバーガーショップに出くわしました。統一されたロゴですから、すぐに分かります。ところが驚いたことに、店の出入り口の上に掲げられた看板に「マクドナルド」とカタカナで書かれていたのです。もちろん日本人に敬意を表してのことなのでしょうが、私は少しばかにされたような気がしました。あれはまさに「蛇足」というやつですね。