やがて書きあぐねし凡情

=今日も何もなかった=

プライドは高くても他人には見えない

勤め人時代は、他人からあれこれ指摘をされると妙に腹立たしく思ったものです。しかしフリーランスとなった今、なぜあんなことで腹を立てたのだろうと不思議に思えてなりません。

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結局あのプライドは、競争社会の中で自分を奮い立たせる役割、つまりモチベーションだったのでしょう。しかし組織を離れた今となっては、そんなものはまったく無価値だったと気づかされます。自分ですらそう思えるのですから、まして他人から見れば、私のプライドなど無き者如きだったのでしょう。

本日はそんなプライド高き男のショートショートを紹介しましょう。

 

keynuu773.hatenablog.com

 『誰かが……』

 広告代理店に勤めている俺は提案した企画がことごとく認められ、30代にして部長の職に就いている。成功の秘訣は独創性に尽きるだろう。俺に言わせれば二番煎じの発想なんて何の価値もない。 

 ある日、俺は高級レストランに美女を誘った。ここに至るまでの経緯はいろいろとあったが、それはこの際問題ではない。ともかく、あとひと言で美女を手中に落とせるシチュエーションまで到達したのだ。

 もちろん自信はある。得意の独創性を発揮して、誰も口にしたことのない口説き文句で美女の心を射止めるつもりだ。 

「君の瞳は、あの星のようだ。その名は……」

 俺は、ある星の名を口にした。心地よい語感の美しい名前の星。この星の存在を知る者はほとんどいない。なにしろ星図にさえ載っていないのだから。実は、近々発表される新車のネーミングに採用されることになっている。つまり今の段階では企業秘密だが、美女を得られるのならコンプライアンスなど知ったことではない。 

 ところが意に反して美女の反応は素っ気なかった。

「ふーん、私って、やっぱりそうなんだ」

「やっぱりって……」

「誰かに、言われたことがあるの」

  俺の衝撃は大きかった。何よりも独創性を否定されたことがショックだった。自分よりも先にこの比喩を語った奴がいる。俺の気力はたちまち萎え、そのまま美女と別れてしまった。 

星新一〈上〉―一〇〇一話をつくった人 (新潮文庫)

星新一〈上〉―一〇〇一話をつくった人 (新潮文庫)

 

  次の日、結局俺は一睡もできないまま出社した。仕事に取り掛かれる気分ではないが、とりあえず部下の作成した書類に目を通すことにした。相変わらず平凡な内容だ。

「いったい何だ、この企画は」

  部下を呼びつけて怒鳴ったが、ただ照れ笑いを浮かべるだけで、何一つ自分の意見を述べようとしない。 

「おまえの頭は、タストロピトン以下だな」

  俺は、あえて架空の動物を口にした。もちろんこんなものはどこにもいない。部下がこの未知の単語に頭を悩ませ、独創的な発想に目覚めてくれればいいのだ。

  だが部下に戸惑う様子はない。

「へへっ……、やっぱりそうか」

「なんだ、やっぱりって」

「誰かに言われたことがあるんですよ、お前の頭はタストロピトン以下だって」

  なんということだ。たった今思いついた架空の動物の名を既に考えていた奴がいるのか。ここでも独創性が否定されてしまった。 

 俺は早退することにした。こんな日は何をやってもうまくいかない。

 急ぎ足で駅へ向う。今は誰とも話をしたくない気分だ。ところが運悪く顔見知りの老人と出会ってしまった。 

「やあ、どこかにお出かけかな」

  話しかけられたからには、無視をするわけにもいかない。俺は、おざなりの挨拶でその場を切り抜けることにした。 

「ええ、ちょっとそこまで」

  だが老人は空気を読むこともなく畳みかけてきた。

「おやおや、あんたもか」

「えっ、あんたもって……」

「たしか誰かも言っとった、ちょっとそこまでって」

 いったいどうしたことだ、日常の挨拶まで独創性が求められている。頭の中が絡み合った糸になったようだ。

 

「何かお悩みで」

  そんな俺を見透かしたかのように町の占い師が声をかけてきた。そうだ、こんなものは理屈で割り切れるものではない。占いで解決してもらうのも方法かもしれない。俺は、これまでの経緯の一部始終を話した。 

「うーん」

 占い師は俺の手相を見つめたまま深く思案をしている。

「こんな話、聞いたことがないだろう」

「いや、まあ……」

「ないはずだ」

「いえ、誰かもそんなことを言ってましたから、今それを思い出そうとして……」

 この時、俺の頭の中で何かが弾けた。

「誰かって、誰なんだ。いつ、誰がそんなことを言ったんだ」

「誰かって、誰かですよ。そんなものでしょう、誰かって」

「うるせい」

 俺は思わず占い師の首を絞めた。

「く、苦しい」

「こうなったら、お前を殺してやる。エリートサラリーマンが占い師を絞殺するなんて、さすがに前例がないはずだ」

「いや、あります」

 思わず手を離してしまう。 

「本当か」

「たしか、今朝の新聞に載っていました」

 そういえば、そんな記事を目にしたような気もする。あやうく二番煎じになるところだった。俺は黙ってその場を後にした。 

 それにしてもどうなっているのだろう。どこかで独創性を発揮しないことには、俺自身の存在価値がなくなってしまう。

 

 ようやく自宅に戻った。疲労困憊した身体は、もう抜け殻同然だ。電話が鳴ったが、出る気力もない。だが電話は執拗に鳴り続ける。俺は仕方なく受話器を取った。 

 相手はいきなり馴れ馴れしく話しかけてきた。たしかに聞き覚えのある声だが、どうしても思い当たらない。

 声は、新しいアイディアをのうのうと語り始めた。自慢気で人を不快にさせる口調だ。俺の苛立ちは極限に達した。これ以上こいつをのさばらすわけにはいかない。今すぐ葬り去ってやる。なにしろ、こいつを消滅させる方法は、俺が一番よく知っているのだから。 

 俺は深く呼吸をすると、ゆっくりとその声に応えてやった。

「それ誰かが言ってたぜ」

「……」

  何の応答もないまま電話が切られた。(了)

 

ねらわれた星 (星新一ショートショートセレクション 1)

ねらわれた星 (星新一ショートショートセレクション 1)

 

 おわりに

20年前の創作物ですから、「美女」「占い師」などが登場するあたりは、やはり星新一の影響を大きく受けていますね。こうしたテイストは、今書いても表現できません。

創作作品を発表すると、ありがたいことに、あちこちの方面から批評をいただきます。そこは慣れもあって、たとえ厳しい批判であってもまったく気にしないのですが、この作品に関しては、ひとつだけ言われると堪えるフレーズがあります。

 

「これ誰かか書いてたぜ」

 

そんな批評がないことを願うばかりです。