やがて書きあぐねし凡情

=今日も何もなかった=

衝動を押さえるには周到な準備を怠りなく

電子書籍がなかなか普及しないようです。書籍全体の13%とのことですが、コミックを除けばこの数値はかなり下がります。アメリカの普及率は30%超といわれいますから、この数字がいかに低いかが分かります。私も10年前からkindleを持っていて、現在3代目ですが、これで本を読むことはほぼありません。

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30年前にも電子書籍は存在した

「やっぱり本は紙でないとね」とか「電子書籍は目が疲れる」といったところが日本人の本音ではないでしょうか。アメリカでは本の紙質が悪かったり、国土が広いために近くに本屋がなかったりといった事情が電子書籍を押し上げていると考えられます。

ところで、その昔NECがデジタルブックというものを売り出していたことをご存知でしょうか。まだウインドウズ95が出回る前の90年代初頭の話です。ちょうど片手で持てるタブレットくらいの大きさで、フロッピーディスクを挿入して読む仕組みでした。

当時TVでも頻繁にCMが流されており、イメージキャラクターが当時女子テニス世界ランク4位の伊達公子さんでした。どれだけNECが力を入れていたのかが分かります。

デジタルブックを普及させるために、当時はいろいろな企画が実施されていました。その中のひとつが全国からショートショートを公募して、優秀作を電子書籍化するというものでした。

電子書籍ショートショートが掲載される

当時若かった私も応募して見事に入選しました。賞金もいただいたように思います。やがて電子書籍化されて、その出版物(フロッピーディスク)が送られてきたものの、デジタルブックがないために読めません。

当時まだ珍しかったパソコンが職場にあったので、それで読み取るとどうにか読めることだけは分かりました。やがて「ウインドウズ95」が発売されて、パソコンが一般化すると言われていた時代でしたので、それまで楽しみにしておこうと考えていました。 

一瞬にして「無」と化す

それから2~3年後、当時30万円くらいでパソコンを購入しました。いよいよあの電子書籍が読めると勇んでディスクを挿入したのですが、まったく読めなかったのです。

愚かなことに、スチール本棚で磁石性能のあるブックエンドを使用しており、そこに電子書籍を立てかけていたんですね。「磁石とフロッピーディスク」まさに犬猿の仲のような相性ですから、フロッピーがデータを維持できるはずもありません。 

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奇跡的に当時の原稿データがあった

そんな話を思い出しながら、原稿データはないかと探したところ、奇跡的に残っておりました。あるいは手書きだったかなとも思っていましたが、おそらくワープロで書いたのでしょう。

そのデータがやがてテキスト化され一太郎を経て現在まで、何台もの乗り替わったパソコンの中で脈々と生き残っていました。せっかくですので、本日はそのショートショートを公開しようかと思います。

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「一秒間の衝動」

 図書館で資料を探していると、一瞬自己を失ったような感覚に襲われた。 

気がつくと案の定、書籍を懐に忍ばせようとしているところだった。それは極めて貴重な書籍で、たしかに自分のものにしたいという思いはあったが、公共施設の所有物を無断で持ち出すのは明らかな犯罪行為だ。 

私は軽く溜め息を吐くと、何ごともなかったかのように装い、落ち着いた仕種でその書籍を元の書棚に戻した。 

人間は願望や欲望を持ち合わせた動物である。この世が辛うじて修羅場と化さないのは、誰もが〈理性〉という制御装置を備えているからだ。 

もちろん私もその一人だ。ただ私の場合、その制御装置が解除される「瞬間」があるらしい。その「瞬間」だけ、私は本能のままに行動する野獣になる。 

まったく困った体質だが、せめてもの救いは、それが常に一秒間で治まっていることだ。たとえどんな衝動的な行為であれ、一秒間でできることなんてたかが知れている。 

とはいえ念のために一応の予防策は講じてある。たとえば露出願望に備えて、ベルトやファスナーを簡単に外せないようにしているし、破廉恥行為を未然に防ぐために不用意に若い女性には近づかないようにしている。 

この他、窃盗願望、虐待願望、破壊願望、自殺願望など、考えられるあらゆる潜在願望に対して、万全の策を講じているつもりだ。これらの準備に費やすエネルギーは多大なものだが、社会的信用を守るためには手間隙を惜しんではいられない。準備さえ怠らなければ、わずか一秒間の衝動など、どうにでも繕えるものなのだから。 

 

さわやかな青空が広がるある日、業務の始まりを告げる鐘が鳴り、私は席に着いた。どうやら関係者は全員揃っているようだ。 

ところが口を開こうとした瞬間、また例の自己を失ったような感覚に襲われてしまった   

 

「死刑」 

 

  我にかえった時の回りの様子から、私がそう叫んだことは安易に想像できた。被告人は青ざめ、係官に体を支えられ辛うじて立っているありさまだ。 

今回の事件に際して、殺人容疑で起訴された被告人は、一貫して「無罪」を主張してきた。 

裁判官である私は、事件の経緯を詳細に分析した結果、被告人の証言は十分に信用できると判断した。したがって今日の判決では「無罪」を言い渡す予定だったのである。 

だがすでに競うように傍聴席から飛び出して行った報道関係者達が、テレビカメラの前でこの極刑判決を伝えている頃だろう。今更判決を翻せば、私の社会的信用がたちどころに失墜してしまう。 

自分の中に殺人願望が潜んでいたことは、我ながら意外ではあったが、それでもわずか一秒間の衝動など、どうにでも繕えるものだ。 

私は予め別に用意していた〈死刑判決用〉の判決書を懐から取り出し、おもむろに朗読を始めた。 (了) 

 

【2019年本屋大賞 大賞】そして、バトンは渡された

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まとめ

いかがでしたでしょうか。私は現在、執筆に関しては筆名で活動していますが、当時は本名で書いていました。文体も含めて若いですね。なにしろ今から28年も前ですから。

文章標記はパソコンやスマホで読みやすいように改変しましたから、紙媒体の文章ルールとは異なっています。また機会があれば他の作品も公開したいと思います。 

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