やがて書きあぐねし凡情

=今日も何もなかった=

体温計で身長を測る方法はあるのか?

女性は男性の3倍喋っているといわれていますが、その大半は愚痴であるように思えます。私も女性の愚痴を聞くことがよくありますが、不思議なのはその宿敵をものすごく価値のある存在として自ら認めている点です。

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 温度計で高さを測る人

私はそういうときには「君は、この樹木の高さは2メートルありますと報告をしているのに、宿敵は温度計を振りかざして『あなたのデータは間違っている』と言っているようなものだ。そんな人間を相手にする方が間違っている」とドヤ顔で語ります。

ただこの比喩は難解なようで、あまり受けはよくありません。「要するに『同じ土俵に乗るなということですね』のひと言で、あっさりと片付けられてしまいます。メンツ丸潰れですが、さすが歴史を超えて残ることわざは分かりやすい。

 というわけで、今回は価値観のズレをテーマにしたショートショートです。これはとある外国を舞台にした話ですが、お金にまつわる話なので、お金の単位はすべて日本円に換算して表現しています。 

話を聞かない男、地図が読めない女

話を聞かない男、地図が読めない女

 

 『時 価』

 商店街を歩く人々は、誰もが急ぎ足だった。男は、自慢のひとり息子の仕送りに頼って生計を立てている。振り込まれた金を引き出すために街に出てきたが、あまりにも早い人々の歩調に、まるで自分一人が世の中から取り残されかのような気がした。久しぶりの外出とはいえ、これまで体験したことのない感覚だった。

   まったく、慌ただしい世の中だ。それとも歳のせいだろうか。

軽い疲労を感じ路上のベンチに腰掛けた男は、目の前に古い時計屋があることに気づいた。

  そういえば、去年修理に出した懐中時計が直ったと、電話をもらっていたな。

古いゼンマイ仕掛けの懐中時計が動かなくなったために修理に出していたのだ。この国には時計職人と呼ばれる者が、ほとんどおらず、一度修理に出すと一年近く待たされるのが常だった。男は、銀行に行く前に時計屋を訪ねることにした。 

keynuu773.hatenablog.com「これですね」

店員が、修理済みの懐中時計をカウンターに置いた。

「ああ、それだ。修理代は幾ら?」

「少々お待ち下さい」

店員が、伝票を確認する。

「分解掃除をしていますから、840万円になります」

男は耳を疑った。

「何だって。修理代が840万円!」

「そうですよ」

店員は、事も無げに答えた。

「840万円なんて、法外にも程がある」

「だって伝票に書いてあるもん」

店員の口振りが、急にぞんざいになった。

「嘘だと思うなら、これを見てよ」

店員の示した伝票には、たしかに84の後ろに5個の0が並んでいた。しかし世間的な常識から推察すれば、安易に間違いだと気がつくことではないか。近頃は、マニュアルどおりの対応しかできない若者が増えているというが、この店員もその一人なのだろう。

「この時計は、10万円で買ったんだよ。その修理代が840万円もするなんて、どう考えてもおかしいだろう」

噛んで含めるように男は話した。これで相手も不条理さに気がつくはずだ。

「何で。私のお兄ちゃんだって、中古車を50万円で買ったけど、事故をして、相手に2千万円の賠償金を払ったよ。今の世の中ってそんなもんでしょ」

「それとは話が違うだろう。わしは、この時計で人を傷つけたわけじゃないんだ。まったく常識を知らん小娘だ。もういい、責任者を呼べ」

「店長は、夕方まで戻らないわ」

「じゃあ、その頃もう一度顔を出すから、それまでに適正な代金に訂正しておくんだ」

「はあ……」

店員は、迷惑そうな表情を浮かべ、気のない返事をした。

いくら世の中が慌ただしいとはいえ、客に対して失礼極まりない対応だ。ここは年長者の義務として、世間の常識というものを小娘に叩き込んでやるべきなのだろうが、そんなことをしていては、肝心の銀行が閉まってしまう。

男は、銀行に急いだ。

 

「支店長、大変です。お客様が気を失ってしまいました」

「どうしたんだね」

「振り込まれたお金を全額引き出したいとおっしゃるので、現金をお渡したら急に倒れてしまったんです。うちの息子は強盗犯だと言って」

支店長は、諦め顔で溜め息を吐いた。

「やれやれ、いまだに時代の流れに馴染めない者がいるのか。しょうがない暫く休養室で休んでいただこう。目を覚ましたら、ゆっくりと今の経済情勢を説明してさしあげなさい」 

行員達は、床に散らばった3億7千万円の現金を無造作に段ボール箱に詰め込むと、男を担架に乗せて休養室に向かった。

 

背後のボードに表示された物価指数がまた変動したが、その天文学的な数値に関心を示す者はいなかった。スーパーインフレに誰もが辟易していたのだ。  (了) 

女と男の絶妙な話。

女と男の絶妙な話。

 

 おわりに

ありそうで、なさそうな話でしたね、

ところで、冒頭に書いた女性が、改めて私に連絡してきました。「私、女性が大相撲の土俵に乗れないことを知りませんでした。だからわざわざあんな遠回しのたとえ話をしてくれたんですね。ありがとうございました」とのこと。

いや俺としては、明快で適切なたとえ話をしたつもりだったのだが……と言おうとしたら、彼女は急ぎ足で去っていきました。またどこかで、誰かに愚痴を漏らす予定があるのでしょう。